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レペー社家紋
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レぺー社の設立者であるオーガスト・レぺーは、フランスの剣作りの家系に生まれました。名字である『レぺー』の意味は、今でもフェンシングに使用されている、フェンシング専用の剣を示します。代々レぺー家は、剣だけでなく時計、精密機械及び医学品の製造を行ってきました。オーガスト・レぺーは、若い頃から時計に関して非凡な才能を発揮し、家系にのっとり、時計への道を志すこととなりました。
1839年、オーガスト・レぺーは、キャリッジ・クロック製造のため、フランス、サン・スーザンという、小さな町にレぺー社を設立しました。その時イギリスでは産業革命が始まっており、フランスでもその革命の影響を深く受けました。レぺー社が設立するまで、キャリッジ・クロックは職人達の手で一つ一つ作られてきましたが、レぺー社により、キャリッジ・クロックが産業の時代に入り、その技術により躍進的にキャリッジ・クロックが普及するようになってきました。工場はスイス国境近くにあり、そこには多くの急流が存在し、レぺー社最初の工場は、その水力によって製造機械をすべて動かしていました。 |
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オーガスト・レペー
(1798−1875) |
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| レぺー社のキャリッジ・クロックは急速にその品質、美しさで国際的にも認められるようになってきました。1876年のアメリカ・フィアデルフィアの博覧会、1889年のパリの国際博覧会、1892年のウィーンの博覧会で、それぞれ最高品質クロックとして金メダルを受賞しました。(当時、ラジオ・日刊新聞も始まったばかりの時代で、博覧会に関する情報は今では想像できないような大きな世界規模の話題でした) |
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20世紀に入ると、レぺー社はキャリッジ・クロックだけでなく、音楽時計、蓄音機、オルゴールそして主に脱進機の製造メーカーとなりました。現在レぺー社は、キャリッジ・クロックの会社として有名ですが、脱進機の製造、産業企業としても当時は評価されていました。 レぺー社は全盛期、脱進機だけでも種類が3000種以上、社員が6000人以上で生産していました。コンピューターが発明される以前は、機械の制御装置として時計以外のでも脱進機を必要としており、多くの機械にレペー社の脱進機が使用されました。 |
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レペー社製オルゴール
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1960年代になると、レぺー社は、イギリス・ロンドンでもキャリッジ・クロックの製造を開始しました。また、クオーツ革命により、キャリッジ・クロック以外の製品の製造は中止し、キャリッジ・クロック専門の製造会社となり、徐々に製造の中心をロンドン工場移すようになりました。 |
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フランス サン・スーザンの工場
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1999年、フランス工場の老朽化を理由に、ロンドン工場に本社を移転させました。現在レペー社は、イギリスの新聞各紙で、「品質・伝統を守りながら、一番最新の技術を求めている製造業者」として、よく紙面に取り上げられています。 今でもその時計の文字盤には、『サン・スーザン 1839年』とかかれ、レぺー社の歴史と風格を、今日まで伝え続けています。 |
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エリザベス2世女王からの表彰状
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