キャリッジ・クロックとは

キャリッジ・クロックとは、携帯的で、精度が高い機械式クロックのことです。外のケースは、金属とガラスによって装飾及び保護されています。他のクロックとは違う特徴的なフォルムをもっており、最初に使用し始めたのはフランスですが、その後イギリス貴族がヨーロッパ各国を回る際に、トラベルクロックとして使用したので、『キャリッジ・クロック〜馬車の時計〜(当時馬車は高級な貴族の乗り物でした)』として世界中で呼ばれるようになりました。

レペー社製クロック(19世紀)
キャリッジ・クロックの歴史

今キャリッジ・クロックとしてしられているものは、1790年頃のフランス革命の時代に発明されたもので、ナポレオン・ボナパルトによって、原形が作られたと言われています。記述によると、ナポレオンは部下達の時計の指す時刻があまりにもばらばらな為、ある重要な戦いで敗戦し、将校質がもつ時計としてもっと正解で信頼できるものを求めた結果、現在のキャリッジクロックの原形が発明されるに至ったようです。その後、ブレゲ氏、ポール・ガニエー氏を経て、オーガスト・レぺー氏が1839年から1855年にかけて、現代の形を作り出しました。

ナポレオン・ボナパルト
(1769-1821)

キャリッジ・クロックの普及

18世紀初頭、フランス陸軍将校らに正確で運びやすいクロックをいつでも携帯するように命令が下されました。当時、懐中時計はもう発明されていましたが、正確さに欠けており、機械自体が大きいクロックの方が制作時に細かい調整が可能なため、時間を正確に知るためには実用的と考えられていました。その時代のフランス陸軍の将校級の軍人はすべて貴族であり、(当時のフランスでは、軍人は貴族しか将校以上の階級を持てませんでした)時代のファッションリーダーでした。彼等は、個々にいろいろなクロックを携帯していました。
18世紀後半にキャリッジ・クロックが発明され、ショックに対しても時間が狂うことのないその正確さと、美しいフォルムから、徐々に携帯する将校たちが増え、それを見た一般貴族達の間でもファッションとしてフランスで流行するようになってきました。実際今でもフランスでは、キャリッジ・クロックのことを『Pendules d'Offcier〜ペンデューン・ド・オフィシエ=将校時計〜』と呼んでいます。

当時、フランスとイギリスは戦争中でしたが、フランスはヨーロッパのファッションの中心地でもあったため、戦争にも関わらず、どのフランスのファッションもイギリスを含むヨーロッパ中で流行していました。『将校時計』は、非常に実用的であるため、たちまちイギリス、そしてヨーロッパの貴族階級の中でも注目されるようになりました。
当時イギリスの貴族階級の男性達は、20歳頃になると馬車でヨーロッパ各地を回るグランドツアーに出かけるという習慣があり、公的な設置時計がほとんどなかった時代でしたので、(たとえば、大きな教会や役所ぐらいにしかありませんでした)この実用的な『将校時計』を世界初のトラベルクロックとして使用するようになりました。
その様子から、『将校時計』は、『キャリッジ・クロック』として世界中に広まるようになり、それを持ち運ぶイギリス貴族達の様子からも、キャリッジ・クロックは、優雅で高級なイメージを待たれるようにもなりました。
それにより、キャリッジ・クロックの製造がフランスからイギリスにも普及し、現代でも最高級品はイギリス及びフランス製のものとされています。
1839年から、オーガスト・レぺー氏及びレぺー社はまずフランス、続いてイギリスで現代にいたるまで製造をおこなっています。オーガスト・レぺー氏が150年以上前にデザインしたクロックは現代でもかわらず作り続けられ、今では貴族だけでなく多くの人たちの手にも渡ってくるようになりましたが、伝統と美しさ、そして正確さは当時とかわらず受け継がれています。